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徳島�市 眉山 観光

街と寄り添う、徳島のシンボル。

徳島市のシンボル、眉山。なだらかな稜線が眉の形に似ていることから名付けられたこの山は、地元の人々にとって特別な存在です。

ロープウェイで登れば、市街地を一望する360度の大パノラマが広がります。昼間はキラキラと輝く徳島の街並み、夜は宝石をちりばめたような幻想的な夜景を楽しめます。春には桜が咲き誇り、秋には紅葉が山を彩るなど、四季折々の表情を見せてくれます。

もちろん、眉山の魅力は景色だけではありません。山頂の公園でのんびり過ごしたり、カフェでくつろいだり、歴史を感じる寺社を巡ったりと、楽しみ方は人それぞれ。

このマガジンでは、そんな眉山のまだ知られていない魅力や、訪れるたびに新しい発見があるようなスポットに寄り添って生活している人々のストーリーを、写真とともにお届けします。さあ、あなたも眉山の新しい一面を見つけに、出かけてみませんか?

身近な眉山との11人の暮らし

街のすぐそばに緑豊かな山がある贅沢。徳島に暮らす11人は、日々の中でどのように眉山と触れ合い、どんな未来を思い描いているのでしょうか。それぞれの生き方や活動を通して見えてくる、眉山の新しい魅力と素顔に迫ります。

日本舞踊家

vol.01

若柳三彩さん

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建築士

vol.02

池田美穂さん

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徳島城博物館 前館長

vol.03

根津寿夫さん

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日本野鳥の会 徳島県支部

vol04

浜井芳明さん

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徳島県勤労者山岳連盟 常任理事

vol.05

片山博之さん

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vol.06

奥鳴彩妙さん

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vol.07

福井美里さん

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ヨガインストラクター

vol.08

平尾優光さん

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NPO法人びざん大学

vol.09

森井 哲也さん

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剣山神社 宮司

vol.10

松村浩明さん

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庭師

vol.11

谷岡 秀剛さん

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Vol.01

SANSAI  wakayagi
びざんミーティングメンバー

眉山は、私の心と体を整えてくれる、

いちばん身近なテーマパーク。

日本舞踊家 若柳三彩さん

徳島市のシンボル・眉山。市街地からほど近く、誰もが気軽に訪れることができるこの山は、展望台や夜景だけでなく「スポーツを楽しむ場所」としての顔も持っています。今回お話を伺ったのは、日本舞踊家であり、趣味でトレイルランニングにも打ち込む若柳三彩さん。20年近く眉山を走り続けてきた彼女にとって、この山はどんな存在なのでしょうか。

徳島市 眉山 観光
徳島市 眉山 観光

出会いと歩み

「眉山が近くにあることは、本当にありがたいことなんです」。

そう語る三彩さんは、長崎県出身。高校生のときに日本舞踊と出会い、大学進学を機に徳島へ。師匠に入門し、舞踊の世界に身を投じながら、結婚・出産・仕事と慌ただしい日々を過ごしました。

そんな彼女が27歳のときに始めたのがマラソンです。きっかけは「無い時間でも運動をする」ということ。当時、仕事で管理栄養士をしていた彼女。食事指導に加え、運動を勧める機会も多かったのだといいます。そんな中、「時間がなくてできない」という人に「時間がなくてもできるんだよ」ということを説明するために、歩いたり走ったりを始めたのがきっかけ。けれど子育てや生活の合間に遠くまで運動しに行くのは難しい。そこで選んだのが、自宅からすぐ行ける眉山でした。

「運動したい、でも時間は限られている。そんな私にとって眉山は、最高の場所でした」と振り返ります。以来、約20年。眉山は三彩さんの暮らしに深く根づいています。

徳島市 眉山 観光
徳島市 眉山 観光

眉山で広がる世界

「朝の光に包まれて走る時や、新緑の匂いを胸いっぱいに吸い込む瞬間は、何度でも心が洗われます」。

最初はランニングのために通っていた眉山。けれど、そこでの体験が彼女の人生をさらに広げていきました。自転車(ロードバイク)に挑戦したり、仲間との出会いが生まれたり。走ることで心が整理され、思わぬアイディアが浮かぶこともあるといいます。

四季折々に移ろう風景もまた魅力です。春は桜が道を彩り、夏は濃い緑に包まれ、秋は紅葉が鮮やかに映え、冬には雪が舞う。毎日通っても飽きることのない表情が、彼女を魅了し続けています。

「雪が降った時なんてめちゃくちゃ綺麗。あと冬には野苺がたくさんなるところがあって。苺を食べに行くのも密かな楽しみの一つなんです」。

眉山の魅力を伝えたい

「眉山には何もない、っていう人もいるんです。でも、私は“何もないことこそ魅力”だと思うんですよ」。

道の脇にひっそりと佇む祠やお地蔵様、森の静けさ、鳥の声。観光施設がなくても、ここには確かな「ある」がたくさんあるのです。

「森林浴をするのもいいし、仲間と走るのもいい。ひとりで黙々と登るのもいい。眉山は誰にとっても、自分なりの楽しみ方を見つけられる場所なんです」。

徳島の人たちにもっと眉山をもっと地元を誇りに思ってほしい。そう願いながら、三彩さんは今日も眉山の道を駆け抜けます。

徳島市 眉山 観光
徳島市 眉山 観光

走る、歩く、立ち止まる──

どんな過ごし方でも、

眉山は必ず応えてくれる。

この山は、すぐそばにある最高のステージ。

徳島市 眉山 観光
徳島市 眉山 観光

三彩さんは笑いながらこう話します。
「『眉山で何するん?』『眉山って何が楽しいん?』って聞かれることもあるんです。でもね、何もないからいいんですよ。何もないわけじゃなくて、“無いからこそパーフェクト”なんです」。

眉山は、観光地のように華やかな施設があるわけではありません。けれど、それこそが魅力。誰にも邪魔されずにぼーっとできる。お弁当を持ってひとりで過ごすこともできる。人混みとは違う「静けさ」を味わい、自分の中の考えを整理したり、アイディアを育てたりする時間が生まれます。

「カフェでぼーっとするのもいいけど、人や物の動きが視界に入ってくるでしょう。私は逆に、何も入ってこない状況の方が頭が整理されるんです。眉山は、そんな“無”をくれる場所」。

だからこそ、誰もが自分だけの“推しスポット”を見つけられる。小さな祠でも、見晴らしの良い岩場でも、ただ静かに座れる木陰でも。眉山には、それを許してくれる懐の深さがあるのです。
「今の眉山は十分魅力的。でも、もっと多くの人が楽しめるようになればいいなと思うんです。今ある良さを壊さないように配慮しながら。そうすれば眉山は、もっとたくさんの人に愛される場所になるはず」。

​

眉山は“何もない”からこそ、誰にとっても特別な場所になりうる。

​

そんな三彩さんの言葉は、徳島に暮らす私たちに、もう一度この山の魅力を見直させてくれます。

​

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writer / yurio yamamoto

Vol.02

MIHO IKEDA
びざんミーティング メンバー
建築士 池田美穂さん

眉山は、古代ロマンが息づく

「物語の山」。

徳島市の真ん中にそびえる徳島のシンボル・眉山。
市街地からほど近く、日常のすぐそばにありながら、

この山には“古代の香り”が色濃く残っています。

古墳や祠、伝説の地が点在し、

歩けば歩くほど古代のロマンに出会える場所。
今回は、建築士であり古代史を愛する池田さんに、

眉山に隠された歴史の魅力を伺いました。

出会いと気づき

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眉山に眠る物語

眉山を語るうえで欠かせないのが、大滝山近くに立つ神武天皇像。
「戦前に宮崎と徳島の2体しか建てられなかったと言われています。なぜこの地に? なぜ眉山に? その理由はいまだに謎のままなんです」。
池田さんは、像の向きや配置、建立時期に込められた意味を探りながら、「この場所に祀られた理由」を想像します。
「朝日が差す方角、剣山とつながる視線、そして人々の祈り──。偶然ではないはずなんです」。
さらに、眉山のふもとには聖徳太子の墓があるという伝説も残っています。タタリ谷と呼ばれるその一角には、青石で組まれた古い石段や梵字の刻まれた石があり、訪れた人々の心を静かに揺さぶります。
「本当に聖徳太子のお墓かどうかはわかりません。でも、確かにこの山には“祈りの場”が点在している。古代の人々が空を見上げ、神に語りかけた痕跡が残っているように感じます」。

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「古代史と言っても、私が好きなのは都市伝説とか陰謀論とか、そっちの方面なんです。コロナ禍によって世界観がより変わりましたね。それでその当時たまたま乗った代行の運転手さんが、『阿波古事記研究会』の方を紹介してくれて…」と話しはじめてくれた池田さん。
「眉山にある神武天皇像って、実は全国でも珍しいんです。昔は宮崎と徳島の2体しかなかったらしくて。なぜここに?と思って調べたら、いろいろなことに気づいて。全てが偶然じゃない気がしたんですよね」
そう話す目は、まるで探検家のよう。今では、眉山を訪れるたびに古代の人々の痕跡を感じ取るという池田さん。建築や地形、祠の向きなど、すべてが何かの“メッセージ”のように思えるのだそうです。

眉山で感じる、

時の流れ

池田さんが好きな場所は、眉山山頂からの眺め。
「ここから見る景色は、古代の人々も見ていたはずです。吉野川や淡路島、剣山まで一望できる。まるで“古代の国”を見渡しているような気持ちになります」。
そう語る彼女にとって、眉山は“過去と今をつなぐ場所”。古墳や神社をめぐりながら、時には立ち止まり、風の音に耳を澄ます──。
「同じ山でも、季節や時間によって全然違う表情を見せてくれる。その変化の中に、“時間を旅する感覚”があるんです」。

眉山の魅力を伝えたい

祠、石碑、伝説、自然。どれも目立たず、静かにそこにあるだけ。けれど、それら一つひとつが積み重なって、今の眉山を形づくっています。
「派手な観光スポットではなく、静かに歴史を感じる山。そんな場所が、日常のすぐそばにあることこそが、徳島の宝だと思うんです」。
池田さんは、眉山をめぐる“古代史スタンプラリー”を企画中だといいます。地図を片手に祈りの道を歩き、伝説のピースを自分の足で探す──。
「学問というより、旅なんです。歩けば歩くほど、眉山という山が“生きている”ことを感じます」。

 

古代の記憶をたどる道は、今も静かに、眉山の中に続いている。知れば知るほど新しい顔を見せてくれる山。
池田さんは最後に、こう語ってくれました。
「個人的には、ロープウェイで登っちゃうと徒歩だけになってしまって、あまり移動できないから、できたら車でいろんなスポットを回って欲しいですね。まずはロープウェイで登って徒歩で回れる範囲と、あとはやっぱり車で行くルートで。神武天皇のところも車で行かないと回れなくて。できたら車で1回は回ってほしい感じがしますね。欲を言えばロープウェイで登っても、全部ぐるっと見て回れるような古代史スポットをまとめたいんですけどね。それは今後の目標というか夢ですね」。

 

私たちのすぐそばにある山の中に、こんなにも深い“古代の時間”が流れている。
池田さんの語る眉山は、遠い昔と今をつなぐ架け橋のようです。

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writer / yurio yamamoto

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10/18,19 開催の眉山日和 イベントで

[眉山歴史クエスト]の企画していただきました。

​ご家族・子供達に楽しんでいただけました。

Vol.03

hisaO NEZU
徳島城博物館 前館長 根津寿夫さん

 眉山は、まちの歴史が息づく

「もうひとつの資料室」。

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徳島のまちを語るとき、必ずその背景に姿を見せる山――眉山。

今回お話を伺ったのは、徳島城博物館の建設準備から30年以上にわたり、徳島の歴史研究に携わってきた根津寿夫さん。

江戸時代を中心に、蜂須賀家や城下町徳島の姿を追い続けてきた

根津さんは、学術的な視点から見た眉山の“本当の素顔”を

教えてくれました。

まちの成り立ち、信仰、そして人々の暮らしの中で、

眉山はどのような役割を果たしてきたのでしょうか。

歴史に魅せられた少年が、博物館の館長になるまで

幼い頃、根津さんが魅了されたのは、時代劇や昔話に漂う“物語の匂い”。小学生のころには『お伽草子』などの古い物語に親しみ、中高生になると歴史小説や大河ドラマの世界へ没頭していきました。

​

しかし大学に進むと、テレビや小説が描くドラマの世界と、資料が語る歴史の実像の“違い”に衝撃を受けることに。


「ここに本当の歴史がある」
そう感じた根津さんは、古文書を読み解き、当時の人々の息づかいを探る道へ進みます。

​

明治大学大学院で江戸時代の村や人々の暮らしを研究。そして卒業間近に応募があったのが、開館前の徳島城博物館の学芸員募集でした。

​

「徳島の歴史の専門家ではありませんでした。でも、江戸時代を扱う博物館で働ける。ここでなら、自分の研究が活かせると思ったんです」

​

こうして根津さんは徳島へ。以来30年以上、蜂須賀家、城下町、人々の生活、さらには“女性から見た江戸時代”など、幅広い視点から徳島の歴史を追い続けています。

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蜂須賀家の歴史が静かに残る、根津さんおすすめの万年山

根津さんが「眉山で最も歴史を感じられる場所」として挙げるのが、万年山(まんねんやま)です。

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ここは江戸時代、蜂須賀家の墓所として整えられた特別な山で、藩主だけでなく側室の墓所もまとまって残っています。派手な史跡は多くないものの、墓所の配置や山の静けさから、当時の人々が大切にした“祈り”や“家族の姿”が自然と伝わってきます。

 

儒教的な祖先崇拝の考え方も背景にあり、城下町に近い万年山は、藩にとっての“精神的なよりどころ”として位置づけられていました。

 

「万年山は、山そのものが歴史なんです」
根津さんがそう語るように、整備されすぎない山道を歩くと、蜂須賀家の歴史が地形とともに静かに息づいているのを感じます。観光地としては控えめな場所ですが、歩くことでこそ魅力が立ち上がる、眉山の“隠れた名所”です。

信仰から観光へ。

人々が“楽しむために訪れる山”へ変化

江戸時代後期、人々の暮らしが豊かになるにつれ、眉山の役割は少しずつ変わっていきます。信仰の場でありながら、次第に“人々が楽しむための場所”へ。

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大滝山には滝の名所や三重塔があり、疲れた人が休む茶屋で提供されたのが「滝の焼餅」。今も残る名物の原点です。

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江戸時代末期には勢見山一帯が桜の名所に。明治・大正になると眉山の大規模開発計画も生まれ、より多くの人々が余暇を楽しむ山として歩み始めます。

 

信仰・文化・観光。眉山は時代とともに、その姿を少しずつ変化させてきました。その変化のすべてが、今の眉山の“奥行き”となっています。

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眉山を知ると、

徳島のまちの物語が

より深く見えてくる

「歴史って、博物館で展示を見ることや、本を読むことだけじゃないんです。歩いたり、眺めたり、食べたり、飲んだり――そういう体験のすべてが歴史の醍醐味になるんですよ」
 

そう語る根津さんは、徳島の歴史遺産が多くないからこそ、“今あるものを自分の体験として楽しんでほしい”と願っています。

 

そして、その思いが最もよく表れているのが眉山です。

信仰の山として、人々の憩いの場として、時代ごとに姿を変え続けてきた眉山。そこで過ごすひとときには、歴史を“感じる楽しさ”が詰まっています。

 

「夢がいっぱい詰まっている場所。それが眉山だと思います」

根津さんのその言葉は、私たちにこう語りかけているようです。
今日、眉山を歩くことそのものが、徳島の歴史を生きた物語として味わうことなのだと。

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writer / yurio yamamoto

Vol.04

YOSHIAKI HAMAI
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びざんミーティング メンバー
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日本野鳥の会 徳島県支部 浜井芳明さん

眉山は、小さな命の営みをそっと見せてくれる「野鳥の学び舎」。

徳島市の象徴・眉山。街からすぐ近くにありながら、

豊かな自然が息づくこの山は、

野鳥観察のフィールドとしても魅力に満ちています。

​

今回お話を伺ったのは、日本野鳥の会 徳島県支部に43年間所属し、

長年眉山の鳥たちを見つめてきた浜井さん。

野鳥を好きになったきっかけから、印象深い出会い、

眉山での観察の楽しみ方まで、たっぷりと語っていただきました。

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自然が好き”その想いが

43年続く学びへ

「趣味がひとつくらいあった方がいい」。

二人目のお子さんが生まれ、少し落ち着いた32歳の頃。もともと自然に興味があった浜井さんは、書店でのPRイベントをきっかけに野鳥の会へ入会しました。それから43年。仕事のかたわら、休日には山や街で野鳥を観察する日々が続いてきました。

​

「生き物はずっと好きだったんですよね」と穏やかに語る浜井さん。野鳥観察は単なる趣味にとどまらず、自然の営みを知る喜びを与えてくれたといいます。眉山は特別に珍しい鳥が多い場所ではないものの、「身近な鳥の暮らしを知り、四季の変化を感じさせてくれる大切なフィールド」なのだそうです。

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バードバス(bird bath)がつなぐ、鳥たちとの小さなドラマ

眉山で印象に残っている出来事を尋ねると、浜井さんは「バードバス」がうまく機能している光景を挙げてくれました。

川の少ない眉山では、鳥にとって水場は貴重な場所。徳島市と野鳥の会が協力して設置したバードバスには、さまざまな鳥たちが集まります。

 

「受け皿に何羽も並んで水を飲んでいるのを見ると、『ああ、ちゃんと役に立ってるなあ』と嬉しくなるんです」。

​

上から滴る水が溜まる構造も眉山ならでは。季節を問わず多様な鳥が訪れ、観察者を楽しませてくれます。

 

さらに眉山周辺では“姫雨燕(ひめあまつばめ)”と呼ばれるアマツバメの仲間が見られることも。ほとんど地上に降りず、崖に爪でしがみつくように暮らす珍しい鳥で、「徳島でここだからこそ見られる鳥」なのだそうです。

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初心者でも楽しめる、

眉山の野鳥観察

眉山で野鳥観察を始めたい人へのアドバイスも伺いました。まずおすすめなのは、ヤマガラ・シジュウカラ・エナガの3種類。特にヤマガラは人懐っこく、シジュウカラは“ネクタイ模様”で雌雄を判別でき、エナガは群れで寄り添う姿がかわいらしい鳥です。

 

活動が活発になる朝の時間帯(8時ごろ)が観察には最適。

 

「最初は鳴き声から入るのも楽しいですよ。見た目が似ていても鳴き声は全く違いますから」。ホトトギスやカッコウのように、同じ仲間でも泣き声が大きく異なる“聞き分けの世界”も、野鳥観察の奥深さを教えてくれます。

 

道具はまず双眼鏡。慣れてきたらスコープや録音機も楽しみを広げてくれます。そして観察のマナーは「近づきすぎない」「驚かせない」。「親しき仲にも礼儀あり」という姿勢が、鳥たちと素敵な距離感をつくります。

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眉山は、静かに耳をすませば

“鳥たちの世界”が広がる場所

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華やかな施設がなくても、自然そのものが豊かな物語を見せてくれる――。

浜井さんは、そんな眉山の魅力を静かに、深く語ってくれました。

小さな水場に集まる命、朝の光の中で響くさえずり、季節ごとに移ろう羽の色。

 

「眉山は特別な鳥が多いわけじゃない。でも、ここには“知る楽しさ”があるんです」。

 

そして最後にこうも付け加えてくれました。「眉山はただ鳥を“見る場所”ではなく、彼らが生き、季節をつなぐ“暮らしの場”でもあります。だからこそ、これからどんな形であっても、自然が主役であり続けてほしいと思っています。

 

眉山公園でも再整備の話が進んでいますが、人の便利さだけでなく、そこに暮らす鳥や動物たちにできるだけ負担がかからない、そんなやさしい形で進んでいけば嬉しいですね。

 

この山と、ここに生きる小さな仲間たちを、大切に見守っていきたいと思っています」。

 

鳥の声に耳を傾け、空を見上げてみるだけで、世界は少し違って見える。

眉山は誰にとっても、自然の息づかいを感じられる“学びの場”なのかもしれません。

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writer / yurio yamamoto

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Vol.05

HIROYUKI KATAYAMA
びざんミーティング メンバー
徳島県勤労者山岳連盟 常任理事 片山博之さん

登山は遠くの山だけじゃない。街のすぐそば・眉山を歩くという選択。

徳島市のすぐそばにありながら、深い自然と歴史を内包する眉山。


展望台や夜景のイメージが強いこの山は、実は「登ってこそ見えてくる表情」を数多く持っています。

​

今回お話を伺ったのは、森林・自然環境の分野で長年活動し、登山歴は40年以上に及ぶ片山博之さん。


登山、地質、植物、野鳥、生態系――。
多角的な視点から眉山を歩き続けてきた片山さんにとって、この山はどんな存在なのでしょうか。

山が好き、自然が好き。

その延長線にあった「眉山」

「もともと、星を見に行ったり、植物や岩石を見に行ったりするのが好きだったんです。」

片山さんが山に親しみ始めたのは、高校時代。地学部で地質を調べ、星を眺める中で、自然そのものへの興味が深まっていきました。


大学ではワンダーフォーゲル部に所属し、本格的に登山の世界へ。以来、18歳の頃から今日まで、山は生活の一部であり続けています。

​

小学生の頃、初めて登った眉山は「天神社からの急なコース」。
「めちゃくちゃきつくて、『もう二度と来るか』と思いました(笑)」
それでも年月を経て、眉山は“何度も戻ってくる山”になりました。

​

標高は高くない。けれど、街のすぐそばで、自然の変化を肌で感じられる。
眉山は、片山さんにとって「自然を学び続けられる、身近なフィールド」なのです。

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コースで表情が変わる。

眉山は“選べる山”

「眉山の一番の魅力は、登り口が多いことですね。」

北から、東から、遍路道から――。


眉山には大きく分けて6つの登山コースがあり、それぞれに違った個性があります。

​

中でも片山さんの“一押し”は、万年山コース。
蜂須賀家の墓所を辿りながら、林の中を静かに歩くこの道は、歴史と自然が重なり合う、知る人ぞ知るコースです。

「体力的にもきつくなく、1時間ほどで登れる。歴史が好きな方には特におすすめですね。」

​

他にも、由緒ある忌部神社からの緩やかなコース、鳥の声が心地よい春日神社・三島神社コース、夏でも木陰が多く涼しい遍路道の稜線コースなど、選択肢は多彩。

​

「登り方次第で、まったく違う眉山になるんです。」
その日の気分や季節、体力に合わせて“選べる”ことも、眉山ならではの懐の深さです。

山頂がゴールじゃない。

途中にこそある、

眉山の楽しさ

「低い山の場合、頂上に立っても、正直そんなに感動はないんですよ(笑)。」

そう語る片山さんにとって、登山の目的は“登頂”ではありません。


道中で出会う、植物、野鳥、岩石、景色の変化――それらを観察し、感じることこそが楽しみです。

​

たとえば、眉山で見られる「青石(緑色片岩)」。
徳島中央公園の石垣にも使われているこの石が、山の途中でふと現れる。
「そういうのを見つけると、やっぱり嬉しいですね。」

山頂付近からは、剣山系の山々や紀伊半島まで見渡せることも。


近年は、暖冬による積雪量の変化など、環境の変化にも気づかされます。

「都市のすぐ近くの山から、これだけ多くの情報が得られるのはすごいことだと思います。」

眉山は、歩くほどに“気づき”を与えてくれる山なのです。

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登山は、

特別じゃなくていい。

1時間で出会える、

奥行きのある山

「眉山の登山を一言で言うなら、“手軽さ”ですね。」

片山さんはそう締めくくります。


下から歩いても1時間弱。半日あれば、自然・歴史・景色がぎゅっと詰まった体験ができる。それが眉山の最大の魅力。

ただし、低山だからこそ油断は禁物。


明るい色の服装、歩きやすい靴、十分な水分―― 基本を守ることで、眉山はもっと安全で、もっと楽しい場所になります。

山頂を目指さなくてもいい。
速く歩かなくてもいい。


自分なりの“見るポイント”を見つけるだけで、眉山はぐっと奥行きを増します。

​

街のすぐそばにある、自然の宝庫。
眉山は今日も、静かに登る人を待っています。

​

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writer / yurio yamamoto

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Vol.06

SAE okunaru
びざんミーティング メンバー
奥鳴彩妙さん

徳島市のシンボル・眉山。
毎日目にしてきたはずなのに、「行った記憶」は意外と少ない。

 

今回お話を伺ったのは、徳島市役所に勤め、3人の子どもを育てる奥鳴彩妙さん。
徳島生まれ・徳島育ちの彼女にとって、眉山はあまりにも身近で、あまりにも当たり前の存在でした。
けれど、家族で初めて訪れたその日、眉山は“ただのシンボル”から“思い出の場所”へと姿を変えます。
子育て世代の視点から見た眉山の魅力、そして未来への願いを聞きました。

ずっとそこにあった山が、

家族の思い出になる場所へ。

ずっと近くにあった、

徳島の「当たり前」

「眉山は、本当に“あるのが当たり前”の存在でしたね。」

​

奥鳴さんは徳島生まれ、徳島育ち。
幼稚園から高校まで、校歌には必ず眉山の名前があり、方向が分からなくなれば「眉山があるからあっち」と確認する。


そんなふうに、生活の中に自然と溶け込んでいた山でした。

大学時代には、研究に行き詰まると友人たちと夜景を見にドライブへ。
景観の良さは知っていたけれど、「訪れる場所」として意識することはなかったといいます。

 

「景色は知っていたけど、ちゃんと“行って過ごす場所”だとは思ってなかったんですよね。」

結婚し、子どもが生まれ、忙しい日々の中で、眉山はさらに“遠い存在”になっていきました。

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初めて家族で行った

眉山で生まれた会話

転機になったのは、「びざんミーティング」への参加をきっかけに、家族5人で眉山を訪れた日でした。

​

ロープウェイに乗り、山頂へ。
展望台から広がる景色を前に、子どもたちから自然と声が上がります。

「『おうちってどっち?』って聞かれて。
『あっちが小学校で、川がここで』って話しながら、みんなで景色を眺めていました。」

​

山頂の展望台は、歩いて回れて、会話もしやすい。
地図とは違う“立体的な徳島”が一望できるその景色は、子どもたちにとっても新鮮だったようです。

​

「ロープウェイの時間も、長すぎず短すぎず。
小さい子でも飽きずに楽しめる“ちょうど良さ”がありました。」

その日、眉山は「景色を見る場所」から、「家族で過ごす場所」へと変わりました。

子育て世代が、

また行きたくなる眉山へ

「実は、私自身も親に眉山へ連れて行ってもらった記憶がないんです。」

ずっと近くにあったのに、親子で訪れる場所ではなかった。
その気づきが、奥鳴さんの中で「未来の眉山」への想いにつながっていきました。

​

子育て世代が行きやすい場所であること。
安全で、ベビーカーでも移動しやすく、清潔なトイレがあること。
遊具や水遊び場など、子どもが思いきり遊べる場所があること。
そして、季節を問わず「行けば楽しいことがある」と思える場所であること。

​

「子どもたちに『今日は眉山行くよ』って言ったら、
『イエイ!』って喜んでくれる場所になってほしいんです。」

イベントや、食事ができる場所、ピクニックのしやすさも、家族にとっては大切なポイント。
“行きやすさ”が整えば、眉山はもっと身近な存在になるはずだと話します。

「行ってみよう」が、

  家族の記憶になる

同じ場所で、思い出が受け継がれていく。
それが、奥鳴さんが描く未来の眉山です
。

​

「私たちが子どもを連れて行って、
その子たちが親になったとき、

また自分の子どもを連れて行く。
そんな場所になったら素敵ですよね。」

​

ずっとそこにあった山が、
“見るだけのシンボル”から“家族の記憶が重なる場所”へ。

​

子育て世代のまなざしを受けて、
眉山は今、ゆっくりと、新しい物語へ歩み出そうとしているのかもしれません。

​

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writer / yurio yamamoto

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Vol.07

MISATO FUKUI
びざんミーティング メンバー
福井美里さん

眉山は、人間の原点に立ち返り、

可能性を育てる場所。

徳島の街を見守るように佇む眉山。

​

観光地としてだけでなく、日々の暮らしの一部として、

この山とともに生きてきた人がいます。

​

今回お話を伺ったのは、子育て世代の女性であり、

「びざんミーティング」のメンバーとして活動する福井美里さん。

​

保育の現場に長く携わり、現在は保育施設専門の

カメラマンとしても活躍する彼女にとって、

眉山はどんな存在なのでしょうか。

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生活の中に、

いつも眉山があった

「生まれ育った八万の家からは、いつも眉山が見えていました」。

福井さんは、眉山の麓で育ちました。小さい頃から身近にあった山。でも、近すぎたこともあり、遠足や登山の目的地になることはなかったといいます。

それでも大人になるにつれ、眉山は自然と生活の中へ入り込んできました。
夜景を見に行ったり、気持ちが沈んだときにひとりで訪れたり。部活動でバレーボールに打ち込んでいた学生時代には、走り込みや自主練の場所としても眉山を使っていました。

「支えてもらった、という感覚があるんです」。

そんな想いが、「何か恩返しができたら」という気持ちにつながり、びざんミーティングへの参加を決めたそうです。

子どもと歩く、

発見だらけの山

今では、眉山は福井さん家族にとっても欠かせない場所です。
桜の季節になれば眉山へ。車を山頂に停めて、

散策しながら別のルートへ下り、街で食事をして、また登る。

​

そんな少し冒険のある過ごし方も、家族の日常になっています。

「子どもが全然飽きないんですよ」。
祠や木の枝、どんぐり、虫や鳥。
整いすぎていない自然が、

子どもたちの好奇心を刺激します。


「また眉山行こう!」と子どもから言われるほど、

眉山は家族の“宝物の場所”になっているそうです。

保育や発達を学んできた福井さんの目には、

眉山の環境は特別に映ります。


「少し整っていて、でも自然がちゃんと残っている。

そのバランスが、子どもの発達にすごくいい」。
歩く、登る、しゃがむ。その一つひとつが、

体と心を育てていくのだと話してくれました。

「さっと行ける」から、

   続いていく

子育て中の生活は、時間との勝負。


そんな中で眉山が愛される理由は、

「近さ」と「気軽さ」にあります。

「ママ友と集まるときも、『面倒くさいから眉山行こう』ってなるんです(笑)」。


遠出をしなくても、自然を感じられて、

遊んで、癒されて、ちゃんと家に帰れる。
“さっと行って、さっと帰れる”眉山は、

忙しい毎日にちょうどいい存在です。

​

車を停めて歩くだけで、日常から少し視点が変わる。
降りる方向を変えれば、見える景色も変わる。
「こんな山、なかなかないと思います」。
福井さんはそう語ります。

人の可能性を、

そっと広げてくれる山

「眉山は、もう十分魅力的なんです」。
福井さんが思い描く未来の眉山は、

大きく姿を変えることではありません。

​

標識や情報発信が少し整い、魅力がちゃんと伝わること。
それだけで、「あ、眉山行こう」と

日常的に口にされる存在になるはずだといいます。

 

体を動かし、心が癒され、子どもが育ち、

大人も元気になる。
「人間の原点を思い出させてくれる山」。
そんな存在として、眉山はこれからも街のそばに

あり続けてほしい——。

 

「東京の夜景より、私は眉山が好きです。
自分の街を、違う視点で見せてくれる場所だから」。

暮らしの中に溶け込みながら、

世代を越えて想いが受け継がれていく。
眉山は今日も、静かに私たちを待っています。

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writer / yurio yamamoto

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Vol.08

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yukoh hirao
びざんミーティング メンバー
ヨガインストラクター 平尾優光さん

眉山は、五感をひらいてくれる、

いちばん身近な自然。

徳島市のすぐそばにありながら、

歩くたびに新しい表情を見せてくれる眉山。

​

今回お話を伺ったのは、ヨガインストラクターであり、眉山の麓に佇むお寺・東宗院を実家に持つ平尾さん。現在は副住職代理としてお寺を支えながら、眉山では「お月見ヨガ」など、自然と向き合うヨガイベントを行っています。

​

生まれ育ったこの場所で、呼吸を整え、心と体をひらく。

平尾さんの視点を通して見えてきたのは、暮らしと信仰、そして自然がやさしく重なり合う眉山の姿でした。

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暮らしのすぐそばにあった、眉山という自然

「生まれ育った場所が、眉山の麓なんです」

​

徳島生まれ、徳島育ち。平尾さんは、物心ついた頃から眉山を身近な存在として感じてきました。
 

大学時代はニュージーランドへ渡り、その後は東京や大阪で舞台やスタントの仕事に携わるなど、県外での経験も重ねてきた平尾さん。数年前に徳島へ戻り、あらためて眉山と向き合う日々が始まりました。

​

「山の空気とか、植物の様子とか。風が吹いて葉が揺れる音や、鳥の声で季節を感じられるのがいいんですよね。『ホーホケキョ』って聞こえたら、あ、春やなって(笑)」

​

散歩に出かけるような感覚で、ふらっと立ち寄れる山。
それでいて、登るたびに新しい道や発見がある。
眉山は、平尾さんにとって“特別すぎない”からこそ、何度も通いたくなる場所なのです。

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  眉山で行うのは、

  自然と一体になる

「体験型ヨガ」

平尾さんがヨガに出会ったのは、約15年前。
ハワイ・カウアイ島のお寺を訪れた際、海辺で行われていたヨガに参加したことがきっかけでした。

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「ものすごく気持ちよくて。これはちゃんと学びたいなと思ったんです」

現在はお寺で定期的にヨガクラスを開きながら、年に1〜2回、条件が揃った日にだけ眉山で「お月見ヨガ」を開催しています。
満月の夜、暑すぎず寒すぎない季節。場所は、山頂のパゴダ近くのステージ。

​

「眉山のヨガは、ポーズ主体というより“体験型”。景色、風、匂い、気温、湿度……五感すべてを使って、その場所と一体になる感覚を大切にしています」

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眉山に足を運ぶこと自体が、日常から非日常へのスイッチになる。
参加者はヨガだけでなく、お月見を楽しんだり、ただ静かに過ごしたり。それぞれが自由なかたちで、眉山の時間を味わっています。

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登るたびに変わる表情が、

また来たくなる理由

平尾さんが眉山を歩くのは、20分ほどの気軽な散歩コースのときもあれば、山頂までしっかり登る日もあります。
山頂まではゆっくり歩いて40〜50分ほど。

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「毎回、植物の様子が違うんです。5月くらいになると一気に緑が濃くなってきたな、とか。秋口になると、あ、もう秋の顔やなって思ったり」

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四季の変化だけでなく、年を重ねるごとに木々が大きくなっていく様子にも気づく。


朝の散歩も、夕方の景色も、それぞれに違った魅力があります。

「散歩なら朝。景色を楽しむなら夕方ですね。夕日の時間帯は本当にきれいですよ」

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なだらかに見えるシルエットとは裏腹に、登ってみると意外と荒々しい一面もある。
そのギャップもまた、眉山の面白さなのかもしれません。

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呼吸が、

またここへ連れてくる

「ずっと身近で、ずっと通いたくなる山であってほしいですね」

平尾さんは、そう話します。


地元の人にとっても、県外から訪れる人にとっても、「眉山、楽しかったな」と思ってもらえる場所であってほしい。
友人を連れて歩いて登れば、最後には必ず「楽しかった」と笑顔が返ってくるのだそうです。

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大きく開発されすぎることなく、今ある良さを大切にしながら。
ヨガやマルシェなど、人と人が自然につながるきっかけが、少しずつ増えていく——。

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眉山は、何も主張しないけれど、確かに受け止めてくれる場所。
五感をひらき、呼吸を整え、自分に戻る時間をくれる山。
平尾さんの言葉を通して、その静かな魅力が、そっと浮かび上がってきます。

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writer / yurio yamamoto

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Vol.09

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TETSUYA MORII
びざんミーティング メンバー
NPO法人びざん大学・森井 哲也さん

異国のまなざしが、

眉山の奥行きを教えてくれる。

徳島の街を見下ろす眉山。

その山には、ポルトガルからやって来た一人の文人が、深い思索とともに生きた時間が刻まれています。

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今回お話を伺ったのは、長年にわたり眉山に親しみ、

モラエスの存在を静かに語り継いできた森井さん。

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海外での暮らしを経て徳島に戻り、1,000回以上眉山に登ってきたという森井さんの言葉を通して、眉山とモラエス、そしてこの土地の魅力を紐解いていきます。

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異国を知ったからこそ、

見えてきた眉山

森井さんは19歳で徳島を離れ、広島、名古屋、東京、さらにはニュージーランドやアメリカでも暮らしてきました。日本語、英語を教えながら、さまざまな土地と文化に触れてきたといいます。

48歳で徳島に戻ってからは、NPO法人びざん大学での活動や、地元ガイド、学校でのボランティアなどを通じて、地域と深く関わるようになりました。

そんな森井さんにとって眉山は、決して「特別な観光地」ではありません。

「駅から10分、麓から歩いて5分。それだけで、かなり深い自然を感じられる場所なんです」。

世界を知ったからこそ分かる、街と自然の距離の近さ。眉山は、徳島という土地の“当たり前の豊かさ”を静かに教えてくれる存在なのです。

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モラエスが見つめた眉山に、今も立っている

眉山公園の西側、山頂近くに立つモラエス像。
その像は、犬を連れ、故郷リスボンの方角を向いています。

「犬は予算が余ったから作ったという話を聞いたことがあるが、孤愁――サウダーデを抱えたモラエスには、よく似合っている気がするんです」。

そう語る森井さんは、モラエスを“遠い偉人”ではなく、眉山に生きた一人の人間として捉えています。

旧居跡からモラエス通りを歩き、像や展示室、そして潮音寺の墓へと至る道のり。
それは単なる史跡巡りではなく、異国の人が徳島で何を見て、何を感じ、ここに骨を埋める決意をしたのかを想像する時間でもあります。

眉山は、モラエスの思索を包み込み、今もなおその記憶を静かに留めている場所なのです。

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裏庭のように歩いた山で、

語り継ぐ役目を

早期退職後、森井さんは1,000回以上眉山に登りました。
人の少ない平日には、葉の形から樹木の名前を調べ、写真を撮り、自然の変化を記録してきました。

 

山頂で偶然出会った観光客に、即興で徳島の歴史を語ることもあったといいます。

「昔はモラエス記念館もあって、学生時代にその存在を知りました。でも、大学の恩師に『徳島といえばモラエスだね』と言われて、うまく答えられなかった。それがずっと心に残っているんです」。

 

今では登山の回数こそ減りましたが、麓の歴史ある場所を案内したり、小学生に眉山やモラエスの話を伝えたりと、関わり方は変わっても、その思いは続いています。

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静かに、未来へつづく山

「眉山の自然は、昔のほうがもっと豊かでした。だからこそ、これからはもっと豊かにしていってほしいと思うんです」。

モラエスが見つめ、森井さんが歩き続けてきた眉山。

そこには派手な演出はありません。けれど、異国の文人を受け入れ、学ぶ人を育て、語る人を生み出してきた、確かな時間の積み重ねがあります。

 

眉山は、登るたびに新しい知をくれる山。
そして、誰かの言葉を通して、何度でも見つめ直したくなる場所なのです。

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writer / yurio yamamoto

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Vol.10

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HIROAKI MATSUMURA
剣山神社 宮司・松村浩明さん

徳島市のシンボル・眉山。その山頂近く、

眉山公園に隣接して鎮座する剣山神社は、

霊峰 剣山を遥かに拝むための神社です。

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宮司の松村浩明さんにお話を伺うと、

そこには壮大な歴史と、

驚くほどあたたかな“今”がありました。

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祈りの山・眉山は、

なぜこれほどまでに人の心を惹きつけるのでしょうか。

祈りは、山を越えて。

山頂からの景色と、

笑顔が生まれる場所

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「やっぱりね、この景色ですよ」

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標高約290メートル。境内から望む新町川、そして夜には光り輝く徳島市街。満月の夜には、月の光が海に反射し、まるで“光の道”のように伸びていくといいます。

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けれど松村さんが語る魅力は、景色だけではありません。

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境内には、竹馬や独楽、たわし投げなどの昔遊び。季節ごとに茅の輪やお多福くぐり、お雛様も飾られます。これらは、地域の有志の方々が自発的に手がけているもの。

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「参拝した人が、笑顔で帰ってくれたらそれでいいんです」

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家族で訪れ、子どもと遊び、思い出をつくる。その時間は“今この瞬間”にしかありません。松村さん自身も、幼い頃に両親に連れられて眉山を訪れた記憶が残っているといいます。

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祈りの場所でありながら、ここは同時に“思い出が育つ場所”でもあるのです。

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剣山を拝むということ ―

祈りの歴史

大正4年(1915年)に剣山遥拝所として創設されたこの地に、昭和33年(1958年)に剣山神社が劔山本宮から勧請されました。

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その背景には、江戸時代中期の徳島藩5代藩主・蜂須賀綱矩の存在があります。

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綱矩は剣山信仰を厚く崇敬し、山上の剣山大権現(安徳天皇を主祭神とする)を整えました。藍商人たちの経済的支援もあり、剣山参拝は次第に広まり、阿波の人々の精神的な拠り所となっていきます。

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一方で、江戸時代の眉山山頂一帯は禁足地であり、一般の立ち入りが制限されていました。そのため、剣山を遥拝する正式な場所が整えられたのは近代以降となります。

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眉山は、城下町徳島からもっとも象徴的に望める山。


そして実は、剣山の山頂からもなだらかに眉山の姿がわかるのだとか。

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「どこから見ても眉山は眉山。安心感があるよね」

山と山が見つめ合うように、祈りは行き交ってきました。

剣が切り拓くもの

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「祈りは人それぞれ違います」

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剣山の“剣”は、定めを切り拓く象徴。


そのため、古くは殖産興業を願う藍商人たちが参拝し、武道上達を願う人々も手を合わせました。水害鎮護や国土安穏を祈る場ともされてきました。

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そして現代。

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運気向上、家庭円満、縁結び――
訪れる人によって、願いはさまざまです。

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変わらないのは、「よりよく生きたい」という想い。

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眉山の上にあるこの神社は、剣山へと続く祈りの“入口”であり、人生を前に進めようとする人の背中をそっと押す場所なのかもしれません。

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眉山に結ばれる祈り

「笑顔で帰ってもらえたら、それが本望です」

松村さんは穏やかにそう語ります。

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景色を眺めるだけでもいい。


家族で遊ぶだけでもいい。


ただ静かに手を合わせるだけでもいい。

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眉山は、祈りと暮らしが自然に重なる山。


遠い霊峰へ向けた想いと、目の前の大切な時間が、

ひとつになる場所。

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今日もまた誰かが、この山で笑顔になる。
それこそが、剣山神社がここに在る理由なのかもしれません。

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writer / yurio yamamoto

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Vol.11

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shugo tanioka
庭師・谷岡秀剛さん
びざんミーティング メンバー

眉山は、使ってこそ生きる

まちの庭。

徳島市の中心部にあり、“当たり前”のように存在している眉山。けれど、その山を「庭のような場所」と捉える人は、どれくらいいるでしょうか。

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今回お話を伺ったのは、徳島で庭師として活動する谷岡秀剛さん。自然素材を活かし、「使われる庭」をつくり続けてきた彼にとって、眉山はどんな存在なのか。

​

庭師という視点から見た眉山の魅力、そしてこれからの可能性について、お話を聞きました。

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海と山の

記憶がつくったもの

「特別に自然が好きやった、っていう意識はないんですけどね」

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そう語る谷岡さんは、徳島市昭和町生まれ。幼い頃から夏休みになると両親の故郷の海陽町へ通い、海や川で遊ぶ日々を過ごしていました。

​

「汽車に乗ってたら着くんでね。駅まで迎えに来てもらって、そのまま海や川で遊ぶ。それが恒例だったんです」

​

振り返れば、自然は“特別なもの”ではなく、すぐそばにある存在だったといいます。

​

庭師という仕事も、最初から志していたわけではありません。カヌー競技に打ち込み、国体にも出場。競技を続けるために融通の利く仕事として飛び込んだ世界が造園業でした。

​

「気がついたら、庭づくりに夢中になっていたって感じですね」

​

けれどその中で、自分なりの考えや美意識が少しずつ育っていきました。

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見るだけじゃなく、

過ごす場所へ

「僕は、見るためだけの庭は作りたくないんです」

​

谷岡さんが大切にしているのは、“使われる庭”であること。

子どもたちが遊び、家族が会話をし、そこに時間が生まれる場所。


「父ちゃん、あんな花咲いとるよ」―― そんな何気ないやり取りこそが、庭の価値だといいます。

​

その考えは、眉山にも重なります。

​

「僕らにとって眉山って、“庭”みたいな感じなんですよ」

気軽に登れて、自然の中で過ごせる場所。


けれど一方で、「滞在する」という視点では、まだ弱い部分もあると感じています。

​

特に印象的だったのが、“木陰”の話。

​

「道中は木の中を歩けるけど、頂上には木陰がない。夏なんかは特に、休憩する場所がないんです」

もし木陰があり、ベンチがあり、少しでも長く過ごせる環境が整えば――


眉山は「通り過ぎる場所」から「滞在する場所」へともっと変わるのではないか。

​

それはまさに、庭師ならではの視点でした。

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自然に寄り添う設計の力

谷岡さんの庭づくりには、もう一つ大切な軸があります。

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それは、「自然に還るものを使う」という考え方。

コンクリートではなく石を使い、できるだけ土地に負担をかけない。


雨が土に染み込み、風が通り、熱がこもらない環境をつくる。

​

「影があって、日なたがあって、空気が動く。全部つながっているんです」

​

サーフィンやカヌーを通して自然と向き合ってきた経験が、その考えの土台になっています。

​

「自然はコントロールできない。こっちが寄り添うしかないんです」その視点から見ると、眉山にもまだできることがある。

​

例えば、どんぐりの木が並ぶ涼しい道。

木陰の下で休める場所。
そこにベンチがあれば、自然と人が集まり、会話が生まれる。

「暑かったら、みんな居ないでしょ(笑)」

​

シンプルだけれど本質的なその言葉に、空間づくりのヒントが詰まっていました。

“そのままでいい”を

活かすということ

「眉山は、無理に飾らなくていいと思うんです」

谷岡さんはそう言います。

​

徳島には、海があり、山があり、川がある。
それだけで十分に豊かで、誇れる場所だと。

​

これまでの経験を通して気づいた、「地元を誇る」という感覚。
「徳島最高」と胸を張れることの大切さ。

​

その延長線上に、眉山の価値もあります。

​

派手な施設や特別な仕掛けがなくてもいい。
ただ、少しだけ居心地を整えること。

​

木陰があり、風が通り、長く過ごせる場所になること。

​

「それだけでも、もっといい場所になると思うんですよね」

​

眉山は、すでにそこにある。
あとは、どう使うか。どう過ごすか。

​

庭師の視点は、この山を“風景”から“居場所”へと変えていく可能性を教えてくれているようでした。

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writer / yurio yamamoto

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